「蹴猫的日常」編
文・五十畑 裕詞

二〇〇四年七月
 
 
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七月一日(木)
「さらりと」
 
 七時四十五分起床。ほんの少し坐骨神経痛がしたので、十分だけ半身浴をする。
 
 九時、事務所へ。E社POP、PR誌など。二十時、店じまい。
 
 陽が暮れてからはぐっと涼しくなった。昔は夏の夜といえば今日ほどではないにせよ、さらりと涼しく過ごしやすかったような気がするのだが、どうだろうか。熱帯夜がつづくのは東京の風物詩であって、実家のほうではまだひんやりとした夜も多いのかもしれない。
 
 今日はほとんど読書はしなかった。朝、ウンコしながら『田中小実昌エッセイコレクション1 ひと』を少し読んだのと、ここ数週間つづけているのだが、寝る前に学生のころ参考書的に使っていた別冊宝島『現代思想・入門』の構造主義のところを少し読んだだけ。
 
 
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七月二日(金)
「ストレッチの達人」
 
 八時起床。ひんやりとした風が途切れずに家の中にそよぎ込む。昨日の朝よりはパジャマを濡らす寝汗の量も少ないようで、身体もさほどべたつかず、朝風呂もさらりと快適であった。だがこの涼しさが災いしたのか、腰のほうは今ひとつ。少々重たい。猫たちは陽だまりで転がってときどき目を閉じながら両手両足を伸ばしてグーンと身体を後ろへ反らしているが、おなじようなことを自分もしてみた。要するに、ストレッチ。猫はストレッチの達人だと思う。
 
 九時、事務所へ。水をぐびぐび飲みながらE社PR誌の企画を進める。
 
 午後、カミサンと高円寺にある河北病院の検診センターへ。健康診断を受ける。胃のX線検査もする予定だったのだが、事前の注意事項が書かれた用紙を誤読してしまい、朝から何も食べてはいけなかったところを八時三十分に朝食を採ってしまったがゆえに受けられず、後日改めて実施することになってしまった。その他の検診をすべて今日済ませることに。検査結果は数週間後らしいが、身長と体重だけはその場でわかる。身長は以前は170.9cmだったのだが、今日は171.6cmになっていた。どうやらカイロプラクティックで猫背が解消されて、その分身長が伸びたようだ。今日から身長を訊ねられたら「172cmです」と答えることにしよう。
 十六時、帰社。ひきつづきE社PR誌。夕方、腰痛と頭痛がひどくなり――たいてい、これらは連動して生じる――、耐えられなくなったので先日kaoriさんに教えてもらった整骨院に行ってみる。わずか一二〇〇円で効果絶大だった。「らくだ治療院」で五〇〇〇円も払って鍼を打ってもらって大した効果がなかったのを考えたら、自分はなんと無駄な遠回りをしてしまったのだろうと後悔した。どうやら鍼は自分には合わないらしい。お勉強になりました。
 
 二十時、店じまい。明日は出勤だな。
 
 夕食は西友で買ってきたパックの鮨。九州から直送されたと書いてあるアジが、脂がのっていてしっかりした旨味を感じる。意外にも美味。
 
 奥泉『鳥類学者』。カラヤン登場。だが本編とはほとんど関係なさそう。
 
 
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七月三日(土)
「気違い親子鷹」
 
 七時四十五分起床。目覚めたあとにパジャマが吸いこんだ汗の具合を確かめるのと、半身浴で腰の筋肉を和らげるのが毎朝の習慣になりつつある。入浴するぶんだけ早起きするのはツライが、頭の回転と集中力は幾分か向上するような気がする。最近は麦次郎が朝風呂を覗きにくることが多くなった。ニンゲンの生活のリズムを無意識のうちに観察しつづけていたムギジにとって、ぼくの朝風呂は不思議な行為に見えるのだろう。それでなくても、身体をわざわざ濡らすなどムギジの価値観ではおそらく理解できまい。湯の滴が背中についただけで大騒ぎするムギジを見ながら、そういえばくみぷり。さん家の猫はいっしょに風呂に浸かるのだった、と思いだした。ウチの猫には、絶対無理だ。
 
 九時、整骨院。
 十時、事務所へ。E社PR誌。昼食は近所の「ぷあん」でカオソイ。ココナッツミルクカレーラーメン、といったところか。土日にしか出ないメニューなので、これをめあてにやってくる人で店内はいっぱいだ。ぼくのようにひとりで来る客も多い。そのほとんどは女性だ。ひとりものの女をヤミツキにする妖しい魔力をもった麺。
 
 十六時三十分、店じまい。荻窪に向かい、西友を覗いていたらオムロンが出している最新式の低周波治療器が安くなっていたので衝動買いしてしまった。その足でカミサンがいる義母宅へ向かい、いきなり試してみる。わが家に以前からあった十年くらい前の商品とは比べ物にならないくらい多機能かつ高品質だ。慢性のコリに効くじっくりモードというのは古いものには付いていない。低周波そのものの感じも違う。新商品のほうがきめ細やかな気がするが、これは単なる思い込みかもしれない。
 夕食をごちそうになってから帰る。コロッケ。美味しい美味しいと八個も食べたら腹が古墳のようになった。
 
 森茉莉「気違いマリア」読了。潔癖症と劣等感と歪んだ選民意識、そして過剰な被害者妄想に塗り固められた自己および父ちゃん正当化小説。おもしろいなあ。
 奥泉『鳥類学者』。姿を消した霧子。いよいよ佳境かな。
 
 
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七月四日(日)
「花子が見ていた」
 
 寝室がうっすらと明るくなりかけているのを夢の合間だろうか、大勢の旧友たちとどんちゃん騒ぎをする夢の途中で瞼の裏側から感じて目を開けたら、蒲団の横には花子がいて、ゴハンを催促されてしまった。缶詰めを開けたとき、時計は六時半を指していた。ああ、もう少し寝てもいいんだな、と安堵し、朝風呂に入りたいので八時半か九時に起きようかなと思いながら蒲団に入り、つぎに目が覚めたときにはすでに十時になっていた。疲れている、というよりも単純に身体が睡眠を欲していたという感覚。その感覚が朝の半身浴で曖昧に洗い流されていくようだ。脱衣場では、その曖昧さに敏感に反応したらしい花子が、早く出ろとでもいいたそうな表情で、じっとこちらを見つめていた。濡れた手で頭を何度か撫でてやる。
 
 午後から散歩を兼ねて外出。「アンセン」でパンを買い、生協で晩ゴハンの食材を調達して帰る。帰宅後は、いただいた乾燥機のセッティングに取りかかる。狭い脱衣場でのラックの組立、乾燥機の固定、洗濯機の撤去と再設置といった一連の作業はなかなか過酷で、床に置いたラックの組立説明書は垂らした汗でところどころ破けてしまった。
 
 夜はのんびりテレビなどを観て過ごす。
 
 奥泉『鳥類学者』。フォギーまでさらわれてしまった。饒舌な文学者、木崎孝文の登場。
 
 
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七月五日(月)
「似合っているか?/毛皮のおかげか?/何といえばいいのか?」
 
 行きつけの美容院「Rosso」で髪を切りたいのだが、生憎担当の原田さんはロンドンに出張で不在、仕方がないからとりあえずぼくは「Rosso」に自転車で向かい、今にも雨が降りそうな空模様に胸騒ぎを感じながら自転車を漕ぎ、漕ぎ、漕ぎ、店に到着すると、代わりに誰でもいいから毛先だけ整えてくれとオーダーするのだが、出てきたのは今まで一度も店で見かけたことのないイモにーちゃんで、コイツめハゲているのか頭に深々とテンガロンハットをかぶり、美容師だというのに手前の髪形を客に披露しないという奥ゆかしいヤツで、その奥ゆかしさがぼくは気に入らず、いやそれ以前に、馴染みの店だというのにぼくの頭に一度も触ったことがない知らないヤツが髪を切るということ自体が気に入らず、むかつき、むかつき、むかっ腹がたち、コイツめ下手を打ったら怒鳴り散らしてケリいれてやると思っていたら案の定、数分後、ぼくの髪形はふかわりょうのようなヘルメット頭、というより亀頭、すなわちチンポコのさきっちょみたいになっていて、テメーどうして言われた通り毛先だけ切らねーんだなんだこりゃこんなダセー頭してられねーぞ髪形変わってもいいからカッコよくしろわかったなわかったらとっとと切れこのウスラトンカチのスタンチン! と罵声を浴びせると、次の瞬間ぼくの頭は金髪のショートモヒカンにされていて、それがなぜかぼくには似合っているように思えてしまい、今度は何も文句はいわず、しかし金は払わずに自転車で梅雨空のもと慌てて帰宅しカミサンに「この髪形はどうだい?」と尋ねたところで目が覚めた。六時のことだ。以降、七時まで眠れず。
 
 七時起床。蒸し暑い空気ばかりが家の中へ流動食みたいに流れ込んでくる。湿度というのはどうやら腰痛の大敵らしく、腰は重たく尻からふくらはぎにかけて疼痛がする。半身浴で痛みをごまかそうとするが、なかなか引かないからやっかいだ。だが歩けないわけではない。痛みに涙がちょちょぎれてくるわけでもない。花子と麦次郎は足元をスイスイと泳ぐように歩き回っている。コイツらには湿度の高さなど気にならないらしい。毛皮のおかげなのだろうか?
 
 八時過ぎ、事務所へ。E社PR誌。十時、ちらりと整骨院へ。先生に、土曜日にkaoriさんとこのダンナさんが来て、今朝はさっきまでkaoriさんがいた、と報告された。こういうとき、何といえばいいのだろうか? そうですか。と口に出してみたものの、Tさん――kaoriさんの名字――はどこが凝ってましたかなんて訊けない。ぼくとどっちが凝ってますかなんてのも訊けない。
 
 十四時、五反田のL社にてE社PR誌の打ちあわせ。十六時、飯田橋のO社にてパンフレットの打ちあわせ。十七時三十分、帰社。二十時、帰宅。コロイド状の物質の中を探索するような気分で帰る。偽プーラに会った。
 
 阿部昭「鵠沼西海岸」を読む。読了。青春時代の障壁、自由を奪う外部、その外部との対峙のしかた、そんなものがテーマなのかな。自由を奪う外部が消えても、主人公に自由や希望は訪れない。訪れない、と書いたのは、主人公にとって自由というものがなにやら受け身的なものに思えたからだ。戦後の閉塞感とは、受け身的な性格をもつものなのかな。
 三木卓「転居」を読みはじめる。お引っ越しのお話。
 
 
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七月六日(火)
「汗」
 
 五時。花子のフニャンフニャンという情けない鳴き声で目が覚める。慌ててゴハンを与えて蒲団に戻る。がどうにも暑くて寝つけない。夕べからエアコンのスイッチは入れたままなのだが、それでも汗でパジャマがぐっしょりと濡れているのはどういうわけか。などと考えていたらすぐにうとうとしだしたらしいのだが、目が覚めたときはなぜかうつぶせに寝ていて、顔がテンピュールの低反発枕にすっかり埋もれ、顔のカーブに合わせてテンピュールの形が変形するものだから隙間がなくなり顔と枕はピタリと密着していて呼吸ができない。むは、と顔を勢いよく横に向けたが、今度はおかしな姿勢をつづけていたせいか首が痛くてたまらない。仰向きに直し、吸えていなかった空気をたっぷり吸ってたっぷり吐き出しながら、首をかばいつつまた眠る。そうこうしているうちに七時になった。首はもう痛くない。深呼吸がよかったのだろうか。起床。腰は重たいので、今日も半身浴をする。
 
 八時、事務所へ。汗が引くまで仕事ができず、困ってしまう。
 十一時、飯田橋のN社へ。通販カタログと新規案件の打ちあわせ。
 帰りの中央線で、妙にむっちりした足をひざ上のワンピースの裾から丸出しにしていた四十代くらいの女性を見かけたせいかどうかはわからんが、無性にトンカツが食いたくなり、衝動的に荻窪で途中下車してしまい、ルミネにある「まい泉」に飛び込んでしまった。トンカツ定食。ゴハンとキャベツをおかわりした。また汗が出た。
 高校生は期末テストの最中なのだろうか、早帰りのようであちこちでよく見かけた。ところで、女子高生だ。白い制服のシャツの下にわざと派手な下着をつけてスケスケにするのは流行なのだろうか。別にロリコン趣味などないし制服フェチでもないのだが、すれちがいざま、嫌でも目に留まってしまう。下着が透けることは恥ずかしいことだって、頼むから誰か教えてやってくれ。街中にあんなのばかり溢れかえっていたら、さらに汗をかいてしまう。
 
 十三時、帰社。O社PR誌に専念する。夕方、ちらりと整骨院で腰痛治療。明日は胃の検査でバリウムを飲むため二十時以降に食事はできない。というわけで、十九時に店じまい。「それいゆ」でカレーを食べてから帰る。あまり辛くないから、汗はかかなかった。
 
 ぷちぷちと風呂に入る。猫はときどき肉球に汗をかいていることがあるが――暑さのためではなく、極度の緊張の場合のほうが多そうだけれど――、トリはどうなのだろう。ちょっと疑問。
 
 奥泉『鳥類学者』。学者のゴタク。
 三木卓「転居」読了。ただの引越しを、ここまで引っ掻き回し、深めることができるとは。
 日野啓三「天窓のあるガレージ」を読みはじめる。不思議な文体。ネクラでせこいヴォネガット、ってところかなあ。
 
 
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七月七日(水)
「ゲフッと/蒸し風呂の中の散歩」
 
 六時五十分起床。暑いので早く起きる。予定があるから早く起きる。早起きの理由としては、どちらもあまり好きではない。今日も半身浴で汗を流す。
 
 八時三十分、高円寺の河北病院検診センターへ。バリウムを飲み、胃のレントゲンを撮る。この検査はどうも苦手だ。炭酸のようなものを飲まされたあと、げっぷが出そうになっても我慢してくださいといわれたが、できるもんか。我慢しすぎて逆流したのか、花からバリウムの汁といっしょにゲフッとやってしまった。
 
 九時過ぎ、事務所へ戻る。暑くてめまいがする。E社PR誌など。検査終了後にバリウムが出やすくなるよう下剤を飲んだのだが、事務所で一度吐いてしまった。おまけに下痢だ。肛門がただれたようにひりひりと痛む。
 十四時、大手町のN社へ。通販カタログの打ちあわせ。終了後、代理店のJさんとちょっとだけお茶をしながら打ちあわせ。ペリエを頼む。バリウム検査のときはいやいや炭酸を飲まされたが、今度は好きに飲んでやるんだ。そして好きにゲフッとやってやるんだ。とはいえ客のまえでゲフッとはできない。がまんする。
 
 帰社後もE社案件。二十三時過ぎまでかかる。戸締まりをして家へ向かうが、蒸し風呂の中をさまよっているような気分になる。目が霞むのは、テレビCMでやっているぴんとフリーズ現象というやつだろうか。そのせいもあってか、ますます蒸し風呂の中の散歩というイメージが強くなってくる。
 
 奥泉『鳥類学者』。暗黒物質。要するに、ブラックホールのことかな。
 日野啓三「天窓のあるガレージ」読了。ガレージという空間の閉塞性はそのままに、世界だけを広げた、いや掘り下げた傑作。散漫だが暴力的な意識がガレージの天窓のあたりで浄化されたり、たちまち重たくなって墜落したり。そんなイメージを感じさせる文体。
 
 
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七月八日(木)
「無意識のアツイ」
 
 七時三十分起床。八時四十五分、事務所へ。テレビでは猛暑と報じているが、ぼくはこれを酷暑といいたい。猫たちはぼくが起きると一度いっしょに起きてリビングまで歩いてくるが、窓を開けるとアツクテカナワンとでも言いたそうな表情で、まだカミサンが寝ていてエアコンも効いている寝室に戻ってしまう。
 無意識のうちに「あつい」という言葉が口から漏れる。アツイアツイと言っているとさらに体温も気温も不快度も上がるような気がするので日頃なるべく口にせぬよう心がけているが、その心がけは無意識に働きかけるほどの力はなかったようだ。事務所へ向かうとき、外出するとき、顔から、首から、背中から、汗が吹き出て流れ落ちるのがわかる。顔の汗はこまめに拭けるが、ほかの部分は下着に吸わせるより他に手の打ちようがない。汗がツツツと背骨のくぼみに沿って流れる感覚にも慣れてしまった。
 
 十五時、高円寺の社会保険事務所で算定基礎届の手続き。十七時、五反田のE社で打ちあわせ。十九時三十分、帰社。二十三時まで作業する。
 
 仕事がひけても、外はまだ暑い。昨日の日記に蒸し風呂のなかを歩くようだと書いたが、今日はさらに湿度も気温も高そうだから、ぬるま湯のなかを歩くとでも言ったらいいのだろうか。アツイアツイと、何にも効かない呪文を唱えながらだらだらと家に向かって歩く。
 
 奥泉『鳥類学者』。開演までもう少し。
 
 
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七月九日(金)
「セールと青汁」
 
 七時三十分起床。半身浴。
 
 九時、事務所へ。ここ数日で一番の暑さだろうか。今朝のワイドショーで、東京が暑くなったのは汐留の高層ビル群が海からの南風を遮っているためでもあると説明していた。都市化とは必ずしも快適な生活には結びつかぬという好例か。
 
 十時、吉祥寺パルコの「ワイズフォーメン」へ。忙しいのだが、今日からセールだから無理してでも顔を出すことにした。開襟シャツとウールのパンツを購入。このセールが終われば、ここのショップは閉店となる。少々さみしい。
 ついでに地下の「リブロブックス」で、『群像』八月号、講談社文芸文庫編『戦後短篇小説再発見3 さまざまな恋愛』『同4 漂流する家族』を購入。
 
 午後からはいろんな仕事をちまちまと。十六時、五反田のL社にて、E社PR誌打ちあわせ。十八時、小石川のL社にて、新規案件の打ちあわせ。サプリメントや健康食品を扱うG社の販促企画。
 
 二十時三十分、帰社。二十二時過ぎ、店じまい。暑気払いに焼肉屋へ。帰りにコンビニで今日の新規案件だったG社の商品を買ってから帰る。青汁。
 
 奥泉『鳥類学者』。暑くて集中して読めないなあ。
 
 
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七月十日(土)
「汗と青汁」
 
 九時起床。昨日よりは若干マシ、という程度の暑さ。
 朝食のあと、昨日買った冷凍青汁を解答して試飲してみる。キューサイの青汁よりは飲みやすいかな。生臭い抹茶、そんな印象。
 
 十一時、マンションの理事会。汗を拭きながら。
 
 十五時、整骨院でマッサージ。十六時、西荻の本屋で立ち読み。諸星大二郎『栞と紙魚子 何かが街にやって来る』を購入。
 十七時、昨日の新規案件のために、武蔵境にあるイトーヨーカドーで売り場の視察。ついでにサプリメントを三種類、試しに買ってみた。青汁はもういいや。でもつづけたほうが健康にはよいかもしれない。夕食のおかずを買って帰る。
 
 奥泉『鳥類学者』。ナチスとオカルト。ありがちだけど、掘り下げるとおもしろいんだよね。
 
 
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七月十一日(日)
「はじめての蝉」
 
 八時起床。九時、まずは選挙へ。西の空に積乱雲が見える。とおもったらたちまち形がくずれ、青い空は雲だらけになった。風は涼しく、歩いていてもさほど汗をかかない。
 
 九時三十分、事務所へ。休日出勤。E社PR誌、O社パンフレットなど。帰りがけに、最近つづけている速聴用のMP3ファイルを作っておく。芥川の『杜子春』。ネットでフリーの朗読ファイルを拾ってきた。これを2.5倍速に変換する。3倍だと、初心者のぼくには聞き取れない。もっとも2.5倍でも内容がわかるようになるまで十日くらいはかかる。
 
 十九時、帰宅。以前大きなお屋敷があり、広い庭にたくさんの高くて古い木々が鬱蒼と生えていた場所に、今は大きなマンションが建設中なのだが、そこにほんのすこしだけ残された木の幹からだろうか、今年はじめての蝉の鳴き声が聞こえた。ジージージーと、音程を変えながら何匹かが鳴き声を重ねている。
 
 夜は選挙速報の特番ばかり。観ている自分が客観的になったり妙に主観的になったりと、あれこれ気持ちがコロコロ変わる。それくらい、今回の選挙は不安定なのかと思った。この不安定さが、投票率の低さに結びついているのか。
 
 奥泉『鳥類学者』。いよいよはじまった演奏会。祖母を助けるフォギーはいつしか幻影の世界に落ちてゆく。
 
 
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七月十二日(月)
「要するに、窓を開けるとムワーンとする、ということだけ、いいたいのです」
 
 七時三十分起床。目覚めた直後は家の中はひんやりと冷たく、一体今は何月なのかがわからなくなるのだが、東向きに窓があるリビングへ行くと、すでにかなりの高さに昇っている陽の光がカーテンを強行突破して、容赦なく部屋の中を攻撃するように照らしている。窓を開けると、不自然な熱気が部屋の中に流れ込む。なぜ不自然に感じるのだろうか、陽の光がつくりあげた熱気なのだからこれは自然の産物じゃないか、と思うのだが、夏の熱気はぼくにはどうしても自然なものだとは思えなくて、それはよくよく考えると、どうやら都会に住んでいるのが原因らしい。つまり、アスファルトや自動車のボディの照り返し、エアコンの熱気、建物の窓の反射などが、自然の熱気を不自然に倍増しているのだ。もしここが更地だったら、どれくらい涼しく感じるのだろうか。残念だけれど、それを試す方法はない。猫たちはこの不自然さに気がついているらしくて、最近は窓辺にほとんど寄りつかない。
 
 九時、事務所へ。十時、飯田橋のO社にて、パンフレットの撮影。午前中だけ立ちあい、午後は事務所に戻ってコピーを書く。夕方はG社プロモーション企画。二十時、帰宅。
 
 新聞も夜のニュースも自民惨敗の話題ばかり。ぼくが投票した人物や政党は、すべて落選してしまった。だからだろうか、今回の当落の報道は、どこかよそよそしく感じられる。だが今回の選挙で日本がすこしはいい国に変わるのではないかな、と期待もしている。
 
 清岡卓行「パリと大連」を読む。読了。都市に関する記憶を、相違と相似の間にある「揺れ」のようなものを通じて掘り起こそうとする。そんな内容の小説。
 後藤明生「しんとく問答」を読みはじめる。どこか呑気な歴史考察。呑気さの暴走がときどき見せる緊張した文体。
 奥泉『鳥類学者』。水晶界に紛れ込んだ霧子とフォギー。聞こえない「宇宙オルガン」の調べ。奏でるものも、聞くものもいない、あるのはただ完全なる「音楽」だけという世界。そこでフォギーは、音楽は不完全だからこそおもしろい、プレイヤーとオーディエンスの間に気持ちいい関係ができるからこそ、音楽はおもしろいのだと強く悟るのだが、これが「宇宙オルガン」=ロゴス中心主義、フォギーの音楽論=構造主義、みたいな感じ。
 
 
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七月十三日(火)
「おそいよおまえら」
 
 一体何が効いたというのだ。青汁だろうか。某健康食品会社の仕事の資料として買ったDHAとマルチミネラルのサプリだろうか。暑くて寝苦しいというのに、いつものように何度も目覚めることなく熟睡できた。目覚めると確かに寝汗はひどくかいているようだが、不快だったり全身が疲れていたりという感覚はない。あまりに調子が狂っているので、花子にゴハンを与えるのを忘れてしまう。ミャアミャアと何度も抗議された。
 
 九時、事務所へ。ジージージーという蝉の声にまじって、ミーンミーンミーンという声も聞こえはじめた。サナギの状態で眠っていたセミも地表へ顔を出し、どうやら本格的な夏がやって来たようだが、セミに「オマエらちょっと遅いんじゃないの」といいたい気分になった。今年の夏は、とっくの昔にやって来ている。
 
 健康食品会社G社の販促企画。青汁とミネラルのサプリ。かなりの大手なので気が抜けない。
 十六時、五反田のL社へ。E社PR誌の打ちあわせ。担当のZさんが冬に独立することを知らされる。この方ならフリーになってもしっかり食べていける。
 十八時すぎ、帰社。N不動産の折り込みチラシ。二十一時、帰宅。
 
 夜は北からだろうか東からだろうか、めまぐるしく向きを変えながら涼しい空気を運んでくれる風にずいぶん救われた感じ。涼しさにリラックスできたのか、日記を書いている今、とてもまぶたが重い。
 
 後藤明生「しんとく問答」。旧跡を求めて彷徨うシーンの描写はやはりスゴイ。テクストを迷走させることにおいては、この人の右に出る人はいない。短篇なのに、よーやるわ。
 奥泉『鳥類学者』。タイムスリップ、空襲、潜水艦での逃亡。冒険小説だなあ。
 
 
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七月十四日(水)
「さみしい膀胱炎」
 
 七時三十分起床。新潟と福島は集中豪雨だったようだ。関東では日照りがつづいているというのに、自然とは不釣り合いにできているものだとつくづく思う。だが、それはおそらく人間の時間感覚のなかで判断するからだろうで、地球の時間の尺度に合わせて考えてみれば、おそらくは降雨量も気温も常に一定といってもいいのだろう。
 花子、昨夜からちびりちびりと何度もおしっこを繰り返している。どうやら膀胱炎のようである。カミサンが夕方病院に連れていくことに。
 
 九時、事務所へ。G社企画をひたすらに。夕方、カイロプラクティック。二十一時、店じまい。
 
 花子、やはり膀胱炎だった。注射をされたのだが、今日は病院でまったく暴れなかったらしい。大人になったというか、年をとったというか。少々さみしいような気がしないでもない。
 
 奥泉『鳥類学者』。フォギーたちの、ドイツ郊外での隠遁生活。
 
 
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七月十五日(木)
「ガブリと無趣味」
 
 四時、花子にガブリとやられ悲鳴をあげる。
 七時起床。八時三十分、事務所へ。今朝はいつもより雲が多く、夏の陽の光が肌に鋭く射さってくるというよりも、ねっとりとした暑さが躯を覆い尽くしている感覚に少々だるさを感じた。汗のかき具合が昨日とは微妙に違う。
 
 E社PR誌、G社企画など。十七時、飯田橋のO社にてパンフレットの打ちあわせ。終了後、喫茶店でお茶を飲みながら軽くスタッフ同士での打ちあわせ。五十畑さんの趣味が見えてこない、とL社のLさんにいわれてしまった。でも本を読むのは好きそうだ、ともいわれ、なるほどたしかにその通りで、最近は休みの日につくる手料理と、あとは読書や文章を書くこと以外には自分の好きなことはほとんどしていないのだ。無趣味なことに気づかされ、これでいいのかと帰りの電車で汗臭い人たちに――ぼくも汗臭かっただろうが――囲まれながら考え込んだ。
 二十一時、業務終了。
 
 夕食は西友で買ったお鮨のパックで手軽に済ませる。
 
 後藤明生『しんとく問答』。折口信夫の『身毒丸』考察。後藤明生は外部の作品の引用や考察、批評を自作に組み込むのがうまいなあ。『挟み撃ち』もゴーゴリと荷風の引用があるし。
 奥泉『鳥類学者』。フォギーと霧子の別れ。旅の終わりの予感。
 
 
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七月十六日(金)
「ヤラレタ」
 
 七時三十分起床。半身浴。九時、事務所へ。今日も空には暑苦しい雲が幾重にも重なっているようで、蒸し蒸しする。近所の、ぼくら夫婦が勝手に「ようかんハウス」と読んでいる建売一戸建て住宅、いわゆる狭小住宅の庭先に、ふたつめの向日葵が咲いていた。ひとつめは近ごろめったに目にすることがなかった、花の部分が直径三十センチほどありそうな大型のもので、これは数日前からちょっと元気をなくしてうなだれはじめ、今朝は暑さにも打ち勝てそうなあの山吹色の花びらがくたくたに萎れていたのだが、もう一本、今日気づいたほうは、花の直径こそ二十センチにも満たないほど小柄ではあるが、背丈は二メートル数十センチと、人間でいえばスーパーモデルみたいな体形とでもいうのだろうか、スラリとした都会的な印象で、そこにどこから生えてきたのか、朝顔の蔓がクルクルと上手に巻き付いて、向日葵の花のすぐしたでラッパ型の花びらを開いていた。
 
 午前中は整骨院、事務処理など。めずらしくヒマ。
 午後より外出。十四時、九段下のD社で雑誌広告の打ちあわせ。雨に降られたが、幸いほんの少しで済んだ。打ちあわせが終わるころにはすっかりやんでいたので、つくづくついていると思う。
 駅へ向かうと、急遽L社のZさんが今から打ちあわせしたいというので矢継ぎ早に五反田へ。E社PR誌の打ちあわせ。
 終了後、渋谷に向かう。西武の「ヨウジヤマモト」で04/05AWの新作の立ち上がりを見る。担当のLさんと久々に再会。今シーズンはロックテイストがテーマで、ライダーズジャケットやファスナー使いの大きめなジャケット、ショート丈のスリムなパンツ、ドクターマーチンというのが基本のスタイル。まずは下見、第二弾、第三弾あたりで購入しようかと思っていたが、Lさんが来ていた左側の襟から左手にかけてダブルファスナーがついている二つボタンのギャバジンのジャケットに一目惚れしてしまい、ヤラレタと叫びながら買ってしまった。アシンメトリな襟のブラウス、二重襟のブラウスも気になるが、買わず。パンツは様子見。たぶん今シーズンは買わない。
 
 十九時、帰社。メールチェックするとN不動産の折込みチラシの追加資料が到着していたので、すぐに対応する。二十一時、店じまい。
 カミサンと近所の「桂花飯店」で夕食。ぼくはカツオ風味の揚げ卵のせ冷やしラーメン。カミサンはトマトが乗ったゴマ風味の冷やし中華。どちらもほかではなかなか食べられない味。
 
 ゴルフ中継のため「タモリ倶楽部」がないので早く寝る。
 
 後藤明生「しんとく問答」読了。後藤明生は、意識の流れや時間の流れ、思考の流れなどの「流れ」と、その流れと流れがぶつかりあって生れる新たな「流れ」を、克明に小説世界へ書き写したいと思っているのではないか。その手法のひとつが、意図的な脱線。
 奥泉『鳥類学者』。戦争が終わり、ベルリンからフランスへ、フランスからニューヨークへと旅しつづけるフォギーと佐知子、そして猫のパパゲーノ。
 
 
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七月十七日(土)
「夏といえば、ぼくの場合は『カレー』です」
 
 四時に例のごとく花子に起こされたのは覚えているが、次に目が覚めたら九時三十分をまわっていた。昨日は早く寝るつもりだったのが、気になることを片付けてから、とあれこれクチャクチャとやっていたら結局一時三十分ごろになってしまい、いつもと変わらぬくらいに床についたのだが、暑さのせいだろうか、気がゆるんだら深く深く眠ってしまったようだ。ドカリと腰を据えて熟睡した、というのはおかしな表現だが、それぐらい充実した眠りだったように思える。
 半身浴後、朝食、掃除。ぷちぷちの鳥籠も掃除する。風呂のお湯を使ってタワシで中をごしごし擦ってこびりついたうんこをきれいに落とした。洗うためにバラバラにされてゆく自分の家を見て、ぷちぷちはちょっと複雑そうな表情をしていた。怖かったのかもしれない。
 昼食は冷やし中華。夕べ食ったというのに。でも麺類は好きだからヨシとする。
 
 午後から外出。西友の「無印良品」で下着を購入。つづいて「DAIK」でエアコン内部洗浄剤。ペットコーナーで猫のトイレ用のスコップ。ついでにセキセイインコのヒナを見学。冷やかしていたら大きな地震が起こり、成鳥たちは驚いてバタバタと暴れていたが、ちびっ子たちは何食わぬ顔で遊びつづけていた。
 ルミネへ移動。閉店予定の文具店のセールで、扇子を購入。ぼくは鳥羽僧正の「鳥獣戯画」の絵柄のものを、カミサンはでっかいナマズが書いてあるちょっとマヌケなデザインのものを。つづいて地下の食品売り場へ。「ナチュラルハウス」で野菜、「ザ・ガーデン」でカレールー、シークアーサージュース、牛乳。西友に戻り、牛肉。
 すずらん通りのパン屋でおいしそうな朝ごパンを買ってから帰宅。
 
 夜はカレーに。牛もも肉に野菜を大きめに切ってゴロゴロにし、さらに食べる寸前にフライパンでゴーヤとナスをガガガと炒め、それをフレッシュトマトの角切りと一緒に鍋に入れてちょっとだけ煮込み、なじんだところで出来上がり。夏野菜カレーのできあがり。ゴーヤの苦味がカレーによく合う。
 
 奥泉光『鳥類学者のファンタジア』読了。神秘主義的な展開は単なる演出でしかなく、結局奥泉が書きたかったのは音楽の自由さ、いや芸術のもつ力、ということだろうか。小説とはいかに書くかということだ、と氏が力説しているのを講演会で聞いたことがあるが、まさに「宇宙オルガン」や「オルフェウスの音階」「ロンギヌスの聖槍」といった要素は、いかに書くか、という問題のためにひっぱり出された要素にしか過ぎないと感じた。ただ、その部分へのこだわりが尋常じゃない。だから奥泉作品は、ギリギリのところで純文学のフィールドに踏みとどまっている。
 多和田葉子『ヒナギクのお茶の場合』より、「枕木」を読みはじめる。
『戦後短篇小説再発見6 変貌する都市』読了。最後は村上春樹「レキシントンの幽霊」。都市とは人間が文明的につくりあげた空間のことだけではなく、そこに流れる時間のことも指すのだな、と痛感。
 
 
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七月十八日(日)
「暑さとのつきあい方」
 
 八時二十分起床。さほど不快感を感じずに目覚めた。半身浴後、朝食、掃除。最近効きが悪くなっており、少々かびたような臭いのするエアコンを掃除する。猫たちは興味深そうに作業を眺めているかと思えば、もっと涼しい場所を求めて家の中をうろうろしたり、見つけた場所でダラリと伸びている。ひょっとしたら、コイツらは暑さと付きあうのがニンゲンよりはるかに上手なのかもしれない。
 午後からは西荻図書館、スーパー。図書館は相変わらず借りたい本がない。検索システムでほしいけど手に入りにくい本、例えば小島信夫の『別れる理由』や後藤明生の一連の作品、そんなものはよその図書館から取り寄せなければ読むことができず、借りても二週間で読むのが難しいこともあるので断念している。古本屋での出会いに期待。
 ときおり吹く風が汗をすっとなで、その刹那体温がわずかに下るのを感じるのだけれど、風が吹くのはほんのわずかな時間、まさに「刹那」というほどの時間だから、冷えようとした躯はたちまち陽の光と熱によって夏の世界に戻される。日陰を選びながら歩くが、日なたを歩いてもかく汗の量は大して変わらないのではないかと思えてくる。しかし、だからといって日なたばかりを選んで歩くほど元気じゃないし、アホでもない。夏は体力との戦いの季節だ。暑さと戦うというより、暑さにたちまち負けてしまいそうになる肉体そのものと戦っているように思えてしまう。
 
 夕方、義母宅へ。義父が連休を使ってこちらに帰っているので顔を出す。いっしょに焼き肉。汗っかきの義父はタオルをズボンのベルトに引っ掛け、腰巾着みたいにぶら下げている。食べるたびにドドドと音が聞こえそうなくらい汗をかき、腰巾着タオルで拭きながら笑顔で肉を食べつづけている。
 
 二十二時過ぎ、帰宅。
 
 多和田葉子「枕木」読了。旅、そして居所のない自分。居所がないから、書くしかない。だが、居所がないから書いていることが場所を失う。構造を失う。そうして向きだしになった「個」と、それに対峙する社会。この作品の場合はドイツという異国、異世界。……うーむ。
 つづいて同作品集より「雲を拾う女」を読みはじめる。
 
 
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七月十九日(月)
「置物のように/暑がりの黒っちょ」
 
 六時三十分、枕元で威圧的な気を感じ、はっと目を覚ますと、いるかと思った花子はそこにはいない。どうやら本体はリビングにいて、ぐーすか惰眠をむさぼるぼくのほうに生き霊を飛ばしてきたようだ。慌てて起き上がり、ゴハンを与える。さてもう一眠り、と寝室に戻ろうとすると、ダイニングテーブルの上にずず黒いものがドスンと置いてあるのに気づいた。メガネをかけていない目でよく見てみると、それは置いてあるのではなくて(たぶん)自分の意志でそこにいる、きちんとおすわりした麦次郎だった。ゴハン食べるか、と話しかけるが微動だにせず、どこだかよくわからない一点をじっと見つめていて動かない。まあいいか、とハムハムとゴハンを食べるのに夢中な花子と何かを見つめるのに夢中な麦次をそのままに、二度寝する。
 ハッピーマンデーでお休みということだが、関係なくいつもどおりに七時二十分起床。半身浴、ストレッチ、朝食。半身浴とストレッチをしはじめてから、昼間や移動中に突然肩凝りを感じるようになった。ところがちょっと運動するとすぐに解消される。おそらく肩凝りの原因は冷房で、すぐに凝りを感じるようになったのは、多少筋肉がほぐれてきて、今までガチガチで何も感じなくなっていたのがユルカチくらいになったもんだからちょっと敏感になったということらしい。目ざすはフニャラカな身体。毎日これはつづけようと思う。
 
 九時、事務所へ。休みのせいだろう、人通りはほとんどなく、駅もこれから遊びにいこうとする人ばかりが目立つ。
 E社企画。十五時、一区切りついたのでおしまいにして、整骨院でマッサージを受ける。十六時、カミサンと合流。不動産屋のビルに住み着いたツバメが子どもを産んだと聞いたので見物に行く。胸のあたりの色合いがまだ中途半端な褐色をした、頭のでっかい黒っちょが三羽、親鳥が帰るのを暑さに耐えながらじっと待っている。ツバメというと巣の中で口を開けてピーピー大騒ぎしているところを想像してしまうが、猛暑つづきで黒っちょたちは夏バテのようだ。口を半開きにして、見物に来たぼくらを、けっ、ものずきなおっさんだなあ、暑苦しいから早く帰ってくれとでもいいたげな表情でこちらを見下ろしている。
「アンセン」で朝食用のパン。西荻の西友でエアコンのフィルターなどを注文し、荻窪へ移動。「無印良品」で風呂用の洗面器、手桶、椅子を購入。タウンセブンの地下にあるうなぎ屋で蒲焼きを買って帰宅する。土用丑の日のフライング。
 
 夕食は蒲焼き。まったくくどくない、上品な味。また今度買ってみよう。ちょっと高いけど。
 
 多和田葉子「雲を拾う女」。幻想とホモ。いや、超現実とホモ。うーん、なんか違う。
 
 
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七月二十日(火)
「酷暑と同性愛」
 
 七時三十分起床。半身浴、というよりかいた寝汗を洗い流す。九時、事務所へ。暑い。それ以外の言葉が出てこない。脳がしゅうしゅうと音を立てながら少しずつ溶けて小さくなっていく。そんな妄想に捕らわれながら仕事する。観測史上もっとも暑い日。東京は三十九・五度を記録したそうだ。
 夜はD社PR誌のご担当者の送別会。ご主人の転勤が退職の理由。十八時三十分スタート、そのまま場所を変えることなく二十三時までだらだらと飲む。今思い返すとホモとかゲイとかオカマの話ばかりしていた。ホモ話で四時間半。
 
 多和田葉子「雲を拾う女」読了。おもしろいんだけど、幻想が幻想で終わるだけの作品って好みじゃない。
 
 
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七月二十一日(水)
「どっちだ? 花子よ」
 
 五時、花子にまた噛まれたがあまり痛みを
感じなかったのは噛まれどころがよかったからが、神経がいい加減慣れたのか。昔は前歯でチョミっと皮だけ噛まれたのだが、最近は容赦なくガブリである。野生化しているのか、凶暴化しているのか。
 
 七時二十分起床。半身浴が、腰のアイドルアップをするためではなくて汗を流すためのものに変わりつつある。でも朝風呂に入っておくとなぜか頭の回転がいいような気がする。
 
 九時、事務所へ。遅い朝の陽射しが歩道のガードレールや店先に飾られたのぼりや看板を照らし、濃く角の立った影をアスファルトにくっきりと写し出している。影は熱気でゆらゆらと揺れ、見つめていると影の揺れに同調するように汗が吹き出る。
 
 D社雑誌広告など。十四時、小石川のL社にてG社企画の打ちあわせ。いろんな人につかまって、ついでの話をいっぱいさせられた。
 
 帰社後はG社企画。二十一時、店じまい。
 
 島尾敏雄『死の棘』を読みはじめる。浮気で修羅場小説の走り? 悲壮なる滑稽さ。
 多和田葉子「ヒナギクのお茶の場合」を読みはじめる。お、これはなかなかいい感じ。作意にまみれすぎているけど。暴走する感覚がないのは、きっと作者がまじめだからなんだろうな。まじめな変人。
 
 
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七月二十二日(木)
「適応能力」
 
 七時二十分起床。どうやら今日は昨日より五度も気温が低いらしい。だが五度低くても三十三度、立派な真夏日なのだから暑いことには変わりないが、しかしそれでも今日は過ごしやすい一日になるのではないかとおかしな期待を抱いてしまう。
 
 九時、事務所へ。D社雑誌広告。十四時、飯田橋のN社にてG社キャンペーンの打ちあわせ。
 歩けばたちまち汗が噴きだし、止まらず、ハンカチではとてもぬぐいきれず、シャツは濡れ、メガネは汗と顔の脂で汚れる。そんな状態だというのに、昨日よりも一昨日よりもかなりマシ,というだけで、格段に過ごしやすいと思ってしまう。こういうのを、適応能力と呼ぶのだろうか。
 
 二十時、店じまい。今日も偽シンガプーラに会う。
 
 島尾敏雄『死の棘』。男の狡さ、女の狂気。男の狡さは最高にダサい。
 多和田葉子「ヒナギクのお茶の場合」。幻想小説っぽさが希薄な分だけ、この人のほかの作品よりもおもしろい。
 
 
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七月二十三日(金)
「岩海苔とキョエエ」
 
 七時二十分起床。冷房のせいだろうか、肩から腰にかけてが凝りに凝ってしまい、背中一面が滑走路になったようだ。
 
 九時、事務所へ。午前中は事務処理と銀行めぐり。
 午後より小石川のL社にて、E社PR誌の打ちあわせ。桜並木の蝉時雨を聞くと、全身の熱が一気に沸騰して頭のほうまで吹き上がってくるが、木陰に幾分か冷やされた風が吹けば、それも多少はやわらいでくる。
 二十時過ぎ、店じまい。二十五日は誕生日なのだが、休日だからというので今晩お祝いというわけではないがちょっと贅沢をしにカミサンと外食。昨年末まで西荻を代表する洋食屋「キッチンちゃたに」があった場所にはいったイタリア料理店「Bentrato」で食事。白ワイン、前菜、パスタ二品、デザート。前菜は三種盛りを頼んだが、鯛の刺し身に岩海苔を塗り、オリーブオイルでカルパッチョ風にしあげたものが絶品。海苔の味にほっとするが、つぎにイタリアンな風味がさっと口のなかに広がり、不思議なおいしさへと変わる。パスタ、デザートの塩アイスも★三つです、といいたくなるほどのうまさ。だが飲み慣れぬ、そして頭痛もちにはあまりよくないワインをデカンタで頼んだせいか、店を出たあと案の定頭が痛くなる。だが耐えられないほどではない。
 
 夜、昼間に購入したDVD「新ゲッターロボ」を観る。アニメおたくではないのだが、石川賢のマンガの映像化なのだから見逃せるわけがない。主人公なのに兇悪かつ気違い、という原作テイスト満載の設定が堪らない。とくにキョエーとかヒエエとか奇声を発しつづけるゲッター2のパイロット、神隼人のインパクトは強すぎる。カミサンとゲラゲラ笑いながらもその世界にすっかり引き込まれてしまった。敵が「鬼」というのもおもしろい。日本古来から伝説のなかで生きていた、あの「鬼」である。ロボットものだから大型敵キャラも登場するが、これが人間大の鬼を喰らうと魂が吹き込まれ、派手に暴れはじめる。喰らう、という行為に驚かされた。
 
 島尾敏雄『死の棘』。夫婦関係の破綻は、まず会話の不成立からはじまる。その描写が極端すぎて、それがおもしろくもあり、かつ哀愁をそそったりもする。
 多和田葉子「ヒナギクのお茶の場合」。語り手=主人公、すなわち一人称一点描写だというのに、遠くのほうでヘタクソなキャッチボールをやっているのを、ほかのことに気をとられたりしながらながめているような描写のしかた。変。
 
 
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七月二十四日(土)
「頭が痛いので簡潔に」
 
 八時起床。頭痛。九時三十分、整骨院でマッサージを受け、頭痛が和らいだところで事務所へ。E社PR誌企画、G社キャンペーン企画。十九時、帰宅。
 
 島尾敏雄『死の棘』。一人になると、主人公が妙にトボトボしている。
 多和田葉子「ヒナギクのお茶の場合」読了。妙に音域が高くて、おまけにおかしなコード進行でメリハリのない音楽を聴いているような感覚だった。
 
 
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七月二十五日(日)
「誕生日」
 
 三十五歳になる。四捨五入すれば四十だ。オッサンだ。ひょっとすると、もう半分くらいは生きてしまったかもしれない。
 
 八時三十分起床。午前中は掃除、アイロンがけ。
 午後よりカミサンと義母宅へ遊びに行く。スーパーで買い物してから帰宅。
 
 最近の体調不良はやはり運動不足が原因か、と思い、ジョギングをはじめてみることに。夜、二キロぐらい走ってみた。三、四匹猫に会った。
 
 多和田葉子「目星の花ちろめいて」を読みはじめる。
 
 
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七月二十六日(月)
「そうそうに」
 
 七時起床。西側の寝室でも朝陽は隣のマンションの壁の反射などでうっすら射し込むらしく、最近薄手のものに変えてしまったカーテン越しの光は、ぼくを目覚まし入らずにしてくれる。あまり迷惑だとか考えずに、身体のいうことを聞いて起きることにした。だからといって体調がよくなったり恩恵があったわけではないのが少々悲しいが。
 
 九時、事務所へ.雨が降ったり止んだりと、不安定な空模様。
 G社企画など。十五時、飯田橋のO社にて打ちあわせ。このあたりから体調がおかしいと感じはじめる。
 帰社。喉の痛みと全身のだるさを感じ、体温を計ったら微熱があったので、十九時に仕事を終わらせさっさと帰宅。そうそうに寝ることにする。
 多和田葉子「目星の花ちろめいて」読了。きびきびとしているのに不思議で曖昧。たいへんよろしいと思いました。
 島尾敏雄『死の棘』。とにかく自虐的。それが悲しみと滑稽さを醸し出す。
 
 
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七月二十七日(火)
「恢復の近道」
 
 七時二十分起床。熱、下らず。だがアポイントがあるので仕事は休めない。十時三十分、飯田橋のN社にて打ちあわせ。帰社後、検温したら三十八度あった。やべえ。すこしだけ作業をしてから帰宅。病院に寄り、風邪薬を処方してもらう。
 帰宅後、アイスノンで頭を冷やし、身体は毛布をぐるぐる巻きにして寝る。発汗だ。ときどき起きて、ポカリスエットで水分を補給しTシャツを着替える。これが恢復の近道。
 
 多和田葉子「所有者のパスワード」読了。外部と普通にコミュニケーションできない読書オタクの少女が、現代社会のなかで『墨東奇譚』を追体験する。ふーん、こういうやり方もあるんだなあ、という感じの作品でした。
 阿部和重『シンセミア』を読みはじめる。
 
 
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七月二十八日(水)
「風邪で」
 
 ちゃっちゃとしごとをして、すぐにいえにかえってねちゃいました。おしまい。
 
 
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七月二十九日(木)
「漱石は風邪のことを『風』と表記していたなあ」
 
 きょうもちゃっちゃとしごとをして、すぐにいえにかえってねちゃいました。おしまい。
 
 
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七月三十日(金)
「ハッスルハッスル」
 
 七時三十分起床。ひとまず熱は下ったが、相変わらず喉は痛み鼻汁はダバダバと出つづけ、脳味噌のなかに低周波治療器をかけられたみたいに頭が痛む。が休んでもいられないのでハッスルハッスルと気合いを入れて九時に出社。
 十時、近所の漢方薬局へ。治りかけだから漢方のほうが効きそうだと判断した。また、病院の薬はどうも身体に逆に負担をかけているのではないかという気もして、信用しきれいていないというのも理由である。相談すると、すぐに体調にあった薬を処方してくれた。
 
「欧風カレー Y's cafe」で昼食。ゴーヤカレー。石垣島のラー油を使った新メニューが登場していた。
 
 十四時、小石川のL社へ。E社POPの打ちあわせ。夏風邪は馬鹿しかひかないというんですがねえ、と冗談交じりにいったら、担当者のNさんはヘラヘラと笑っていた。
 
 十六時帰社。どっと疲れたのでコピーを書いたりは一切せずに、事務処理だけをちゃっちゃと進める。十九時三十分時終了。手伝いに来ていた義母、カミサンといっしょに中華料理店「仁」で夕食。小龍包、水餃子、蒸し炒飯、アスパラのカニソース、海鮮あんかけ焼きそば。上品でやさしい味付け、そして美しい盛りつけの店。
 
 二十一時帰宅。夜はすぐ蒲団に入ることに。
 
 島尾敏雄『死の棘』。すごーいスローペースで読んでます。
 
 
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七月三十一日(土)
「ファミセと西荻」
 
 八時三十分起床。昨日処方してもらった漢方が効いているのだろう、喉の痛みが完全に消えた。鼻水はひどいが外出できないというレベルではない。というわけで、今日はおでかけ。カミサンと、都内某所で開かれた某ブランドのファミリーセールに乱入する。招待状はないのだが――以前はここの関連会社に勤めていた知人からハガキをもらっていたのだが、彼女が退職してしまったので手に入らなくなった――、全身ここの服で固めていたので――と書いちゃうとどこのファミセかバレちゃうな――、すんなり入れてもらえた。会場内は似たような服を着た人たちやそうでもない人たちで溢れかえっていて、まったく冷房が効かなくなっている。試着スペースなどないから、みんなそこらへんでガサガサと服をいじりながら悩んでいる。気合いの入った女の子は、スカートの下にスパッツを履いてきていて、堂々と視線を気にすることなく試着していた。その他の女性は、体育の水泳の授業のときみたいにロングスカートを履いたままでパンツや別のスカートを試着し、あとからそのロングスカートを脱ぐという正攻法。履いてきたパンツを人前で堂々と脱ぎ、トランクス一丁でうろうろしているオヤジもいた。ぼくは半袖のサマーニット、長袖シャツ、そして冬物のコートを購入。カミサンはジャケット、シャツ、スカートなど。締めておよそ六万円。おそらくココの定価で買ったら二十万円以上。オトク。
 
 十四時、荻窪着。ルミネにある讃岐うどんの店でぶっかけうどんを喰らい、食品など買い物してから帰宅。
 
 夕食はつかれたのでピザ。「バク天」「めちゃイケ」。つづいて「アド街ック天国」。西荻窪特集。地元住民としてはちょっと物足りない内容だった。取材拒否する店もこのあたりでは多いからなあ。というわけで、ランキングしていなかったオススメを。
●ウォーターブルーカフェ(ケーキ)
●えんず(居酒屋)
●コーヒーロッジ ダンテ(喫茶店)
●西荻食堂Yanagi(定食)
●ぼん・しいく(定食・喫茶)
●欧風料理 華(洋食)
●焼き肉 五鉄(焼き肉)
●草庵おおのや(日本そば)
●ぷあん(エスニック料理)
●スコブル舎(古書店)
●日月潭(喫茶店)
●どんぐり舎(喫茶店)
●ナカマ模型(プラモデル。ひやかしにしか行かないけど)
●ぎゃらりい のあーる(猫雑貨)
●地域猫
●萩原流行
 
 読書はほとんどしなかったなあ。
 
 
 
 


  
 





《Profile》
五十畑 裕詞 Yushi Isohata
コピーライター。有限会社スタジオ・キャットキック代表取締役社長。夏はあまり好きではない着る服の選択肢がほかの季節よりもせばまるから。

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